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午前11時。
50キロにエントリーした、青柳、杉山、米山の未知への挑戦は開始された。
走らないものは、サポーターになった。
サポーターを乗せたバスが20キロのスタート地点に向かう途中、バスは3人を追い抜いた。
彼らはサポーターの声援に笑顔で応えた。
東平安名崎。
20キロのスタート地点。50キロの30キロ中間地点。
午後2時。
20キロに挑む7人がスタートした。
まもなく、声援を送るサポーターの前を、前方を睨みつけるように青柳が走りすぎる。
足が痙攣をおこしているのか?米山も時々、足を引き摺るようにしながら通過した。
杉山は、まだこない。朝 ”体調が十分でない”と誰かが言っていたのが気にかかる。
順調にいけば、青柳のゴールが間近かだ。
心を残しながら、サポーターを乗せたバスは、ゴール地点に向かった。
バスは、次々と過酷なレースに挑むランナーを追い越していく。
そのさなかに、見知らぬランナーどうしが、互いに励まし合い、友情が生まれていたことを後で知った。
サポーターの心の中にも、言葉に表せない変化が起き始めていたかもしれない。
上野村ドイツ文化村。
地元の子供達が打つ太鼓がランナー達に最後の力を与えている。
青柳は、6位でゴールに帰ってきた。快挙だ。
20キロに参加した新人の貴文君(清水)も、18位でゴールした。
大森86位、高橋87位、そして遠藤88位。満足そうな笑顔をみせながら相次いでゴールした。
太目の身体をゆさぶりながら清水(剛)と加藤も帰ってきた。
米山が帰ってきた。足を引き摺りながら。46位。見事な挑戦だった。
“出来ないことなんて何も無いって感じだろ”と訊くと”今はそんな気分です”と答えが返ってきた。
スポーツには、全く無縁だったという吉野弥生もゴールした。

午後6時。
ホテルに引上げる予定の時刻を過ぎた。50キロの制限時間だ。
バスは、エンジンをつけたまま我々が乗り込むのを待っていた。
しかし、誰もバスに乗ろうとはしない。
午後7時になろうとしている。。。
夕日は既に落ち。ランナーの足元さえも見えなくなっている。
スタートからまもなく8時間を過ぎようとしている。
まだレースを続けているランナーが何人もいる。10人目の挑戦者 杉山もそのなかにいた。
与えられた、制限時間を既に1時間も超えていた。
交通整理をしていた、ボランテイの学生達が引上げた。
最後の収容車が、いたたまれず途中まで迎えに出た私の前で止まった。

47キロ地点で、走ることを止められた、という。
収容車の中から、杉山が私に言った、”もう少し時間を下さい”。
胸が熱くなった。

その風は、ゴール地点で彼らの帰りを待つサポーターの心のなかにまで届いていた。
いつまでも このさわやかな風の中に身をまかせていたいと、誰もが思ったにちがいない。
誰の目も、自身に溢れ、輝いているように見えた。

平成14年1月14日
ユニケの全ての主役達に捧げる
小 澤 晴 夫
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